10月2日 茶話会 感想
- 2013/11/02
- 23:46

●はじめに
文化財レスキュー交流「陸前高田市立博物館の熊谷さんと国立科学博物館の真鍋さんを迎えての茶話会」は、楽しく和やかに有意義な時間を過ごすことができました。
そして17名の方々から心に響く感想を寄せて頂きました。中には1984年の長野県西部地震で被災された方がいらっしゃって、「多分もう皆さんの記憶には残っていないと思いますが…」と結んでおられました。また20歳代の若い方々は、瑞々しい感性で思いを綴っています。参加できなかった皆さんにも、会場に流れていた時間と雰囲気を感じていただけるものと思います。
2011年3月11日に起きたことは、実は今でも、とても身近なことなのかもしれません。細く長く伝えていくこと、関心を持ち続けていただければ幸いです。そしてまた、遠藤貝類博物館で御目にかかりましょう。
(貝博サポーターズ代表 中村恭子)
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2013年10月2日(水) 14:00~15:40
場所:遠藤貝類博物館レクチャースペース
話者:陸前高田市立博物館 熊谷賢氏
国立科学博物館 真鍋真氏
参加:28名
博物館関係者/6名
①
標本レスキュー活動の報告は、これまでにもあちこちで目にする機会があったので、正直なところ、今回の講演会で新しい情報に触れることについてはあまり期待していなかった。しかし、実際のところ、陸前高田市立博物館の熊谷さんから語られたレスキュー活動の話は、新しい知見とか、そういうものではなかった。被災時のエピソードに端を発するもので、被災後に応援に駆けつけた方々の報告とは違った生々しさがあり、ゼロからの博物館レスキュー活動が今も続いていることが実感された。熊谷さん自身が、一語一語を選んで話されている様子が印象に残った。
続く真鍋さんのお話は、熊谷さんの語りきれない状況を、ずっと寄り添って標本レスキューを支えて来られた視点から語られた。内容は穏やかなエピソードを中心としたものであったが、私にはむしろ、熊谷さんのお話しとの対比が強く心に残った。一博物館人として、改めて今後起こり得る博物館レスキュー事業にどう対処するのか、より具体性をもって見つめ直すきっかけとなった。
今回の講演会は、「標本レスキュー」という大きなテーマの講演会としてだけでなく、地域にとって特筆すべき点があったと考えている。それは、「真鶴町の博物館」に関心を持つ多くの方々の参加である。講演会には県内各地からは標本レスキュー事業に参加した博物館関係者を中心とした参加が見られたが、同時に地元からは貝博サポーターズだけでなく、様々な立場の方がお見えになっていたと伺った。真鶴町での標本レスキュー活動や講演会の取組みが、地域だけで完結せず、ネットワークとして機能していること、博物館活動を継続することの必要性などが少なからず実感されたのではないだろうか。
真鶴町と貝博サポーターズにおける博物館活動のさらなる発展を、私も陰ながら応援したいとあらためて感じた一日であった。
②
中村さん、山本さん、渡部さんをはじめ、博物館職員の皆さん、サポーターズの皆さんのご尽力で、楽しい会が催され、それに参加できたことをうれしく思いました。
熊谷さんと真鍋さんのお話で、復旧、復興がまだまだ大変なことをあらためて知らされました。陸前高田だけでなく、被災された地域の方々のご苦労が身につまされるところです。微力ながら、私ができることを続けて行ければと思います。
③
被災した現地の言葉というのは、なかなか聞くことが出来ない。このような震災関係のシンポジウムはたくさんあるが、レスキューに行ってきた人の二次的な話しか聞けない。今回このような場で現場の人の話が聞けることが非常に大きいと思う。私もレスキューに行っているが、レスキューに行った人たちの話というのは現場の声をうまく伝えることが出来ない。今回の話は非常に興味深く、レスキューに行った人間として話を聞きたかった。
また、今回のような話は人文系や自然系といった博物館の区分は関係ないと考えている。今回の企画を博物館関係者に伝えたが、業務の都合で来られない館が多くあった。このような機会は伝えて、ぜひ参加したいと思う。
このような機会で、ひとつのきっかけとして皆さんに話を広めていただき、無理せず自分が出来る範囲でお手伝いしていただきたい。
④
この度は貴重なお話をお伺いする機会を設けていただきありがとうございました。
被災地の外から文化財レスキューに現地に赴いた、または、被災地の外で被災文化財を受け入れてレスキューした方のお話は、今までもお伺いする機会がありました。しかし、今回のように、被災地の博物館に勤務されて、しかも御自身が被災された方から直接、文化財レスキューのお話を聞いたのは初めてでした。このような“現場の生の声”は被災地の外から文化財レスキューに携わった方のお話とは違う、重みがありました。お話しされるたびに当時を思い出して、つらい思いをされていると思います。多くの悲しみを乗り越えて(まだ乗り越え切れてはいないのかもしれませんが)伝えて下さったことは、できるだけ多くの方に、さらに伝えて広めていきたいと思います。それが復興の一助になればと思います。
被災地の方は被災した博物館や資料について、また、文化財レスキューについてどのように感じられているのか、分からなかったのですが、今回のお話を聞いて、学芸員さんや博物館利用者の思いを感じることができました。「文化財の残らない復興は本当の復興ではない」と、おっしゃられたのをお聞きして、改めて文化財レスキューは復興事業の一部であると認識いたしました。それだけでなく、博物館と博物館資料の重要性も再認識いたしました。今後も大きな災害が起こる可能性があるので、できるだけ文化財が被災することがないように対策を練ると同時に、もし被災してしまった場合は、できるだけ速やかに文化財レスキューが遂行できるような仕組みづくりが急務であると感じました。
最後になりましたが、御講演いただいたお二方に厚くお礼申し上げます。
⑤
植物標本のレスキューを通じて鳥羽源藏と出会い、相模原植物調査会の会報に「鳥羽源藏と植物」と題して連載してしまいました。
昨年夏に陸前高田市を訪問する機会を得、仮住まいの市博で熊谷氏に直接お話を伺うことが出来ました。今回、精力的に逞しく復興への歩みを踏まれているお姿を再び拝見し、大変うれしく思いました。当調査会でも引き続き支援を続けたいと思っていますが、仲間のモチベーションを如何に保つのか難しい課題にも直面しています。修復をきっかけに鳥羽源藏の文献を収集し、大部の「文献集」を作成して恐る恐る熊谷氏に差し出したところ喜んで受け取って頂きました。
スライドでの波が押し寄せてくる様子は恐怖すら感じました。避難した場所の僅かな高さの違いが生死を分ける厳しさ。被災後の館内の悲惨な様子、その中でも冷静さを失わず、資料の救出に最大限の努力を重ねられた関係者に感動しました。
一老ボランティアの参加をためらいましたが、思い切って出かけてよかったと思っています。ありがとうございました。(相模原植物調査会)
⑥
熊谷さん真鍋さんのお話を聞くことができ、貝博でのレスキュー活動をやってよかった、また今後とも続けていかなければならないと強く感じました。 博物館関係者が少なかったのが残念ですが、これを伝えて、今後神奈川県内の博物館や県外の博物館がレスキューについて少しでも考えていただけるように、伝道師になっていければと考えています。
これから博物館再建の道のりは長いでしょうが、私も少しでも寄り添って活動していきたいと思います。

貝博サポーターズ・町民
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生の声が聴けてとてもよかったと思います。文化財レスキューのことが多く語られ、個人的なお話をあまりされませんでしたが、どのようだったのかと、思いめぐらさずにはいられませんでした。
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茶話会に参加させていただいてとてもよかったです。よい会を設定していただき、ありがとうございました。
先ず、驚いたのが、会場設営のみごとなこと。皆さんのご協力で、持ち寄りのものでできたとは思えないような見事な飾り付けでした。こんなの、初めてだったと思います。 参加した人には、とてもよかったと思いますので、もっと多くの人にも、この感動を味わっていただけたらと思いました。また、海の眺めが素晴らしかった。
熊谷さんのお話が、感動的でした。大切な仲間と築きあげてきたものだからこそ、津波の被害を受けた収蔵品のレスキューに力が入るのだと思いました。そこに微力ながらも貝博が暖かい支援をしていることに、気付かされました。ほとんどお手伝いができていなかったことが恥ずかしく感じられました。
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東北の大震災の後、被災地の文化財の緊急保全・散逸防止のため、文化庁で開始した「文化財レスキュー事業」。そのことを知った遠藤貝類博物館の学芸員さんが、ボランティアの方たちといっしょに、陸前高田市の「海と貝のミュージアム」で被害にあった資料や展示物の修復・復元のお手伝いをしたことがご縁で、その後も交流が続き、いろいろの支援をされていらっしゃることを知りました。
それ以来、私も何かお手伝いできるかもしれない…思っていましたが、なかなか実行にふみきれずにいました。
そんなとき、ご案内を頂いたこの会で、陸前高田市の学芸員さんから、震災のときの様子や、その後の活動、他の博物館との連携、慎重に慎重に行われている復元作業…etc.映像と共に、いろいろの話を聞くことができました。「博物館に対する熱意、大好きな仕事への意欲、人と人との絆、心を豊かにする文化財~~」等のお話に、胸がキュンとなりました。「全国の多くの方たちに助けられて、終わりの見えない長期戦の作業ですが、陸前高田の記憶や物語がいっぱい詰まった博物館が、いつか完全復活する日を信じて、モノとココロを繋ぐ作業を、これからも続けていこうと思います」なんてステキな言葉でしょう。
私に何ができるか、すぐには見つけられないかもしれませんが、「頑張っている被災者の皆さんがいる」ということを、いつも心の中に留めてあげること、ず~っと忘れないでいること、このことが大事なんだと思っています。
そして、遠藤貝類博物館とサポーターズの皆さんの支援や交流の様子を、いろいろの機会に、いろいろの形で、多くの人に知って頂くように、私なりに考えて行動してみたいと思っています。
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昨日はお誘いいただき、ありがとうございました。
実はずっと、自分の中で後ろめたい思いがあって、それは、「自分は何もしていない」ということでした。共感もできない、うまく想像もできない、被災地へボランティアに行くこともしていないひとごとと思っている、そんな自分がいやだなあと、ずっと心ひそかに思っていました。
昨日のお話が終わった後、その思いを熊谷さんに打ち明けましたところ、「いいんですよ、後ろめたさなんか感じなくていいんですよ、経験しないならしないにこしたことないし、共感するなんてしようとしなくていいんです、ただ、忘れないでほしい。あの日にあんなことがあったということを忘れないでほしい、ただそれだけです」と、にこやかにお話してもらいました。
参加してよかった、とほんとに思いました。そして、あの手作りの雰囲気がとってもあたたかくて、よかった。
お礼が言いたくて取り急ぎメールしました。
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私は先の震災についてはそれこそテレビや新聞で映像、写真を見た程度で、現地の方のお話というのは今回初めて聞きました。当事者の声というのはやはりどんな報道よりもインパクトがあり、圧倒されるといいますか、胸を打ちました。
博物館等の施設職員の方が比喩ではなく壊滅状態であったこと、そんな中の標本回収、復旧などただただ感嘆です。
歴史や文化の無い復興は無い、といったような言葉がとても印象的で、その地域や人が作り上げてきたものにはかけがえの無い価値があるのだと、強く感じました。
どろどろになってしまった標本を一つ一つ修繕していくのは、実際には想像するよりも遥かに根気と労力が必要なのでしょう。真っ黒になった教科書など、映像で見ると衝撃的でした。
文化財レスキュー等の支援というのはもっと広まって、貴重な資料(=文化・歴史)が守られるようになれば、と思います。
また、こうした災害時の行政の課題として、まず救援要請が出来なくなる、要請が無く動けない、といったような点について対策が重要なのだと実感しました。勿論、実際に防災関係の仕事をしている部署や機関は既に動いているのでしょうが、そこに関っていない人間も、一人ひとり意識を持つことが重要なことなのですね。(当たり前のことではありますが)
とても勉強になった茶話会でした。本当にありがとうございました。
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今回、実際に災害に遭い被災した熊谷さんのお話を聞き、東日本大震災についてはTVや新聞の情報だけで、頭の中では理解しているつもりでしたが、私の理解していた事は、所詮うわべだけのものだと痛感いたしました。
熊谷さんが想像を絶する破壊された街と、ガレキに埋まる博物館の写真を見ながら、自らの体験を淡々とお話し、感情を内に秘めた話し方には、より一層の深い悲しみが感じ取れ、涙を禁じえませんでした。
全てのモノを失った絶望の淵から熊谷さんはどのように這い上がり、前向きな気持ちになり、今のような積極的な活動へと導く力となったのでしょうか。熊谷さんのお話から見えてきたもの、それは人と人との繋がりであり、どんなにガレキが取り除かれ町並みが戻ったとしても、心に空いた空虚感を埋めてくれるのはやはり人でしかないということであり、人は人によって癒されるということを感じました。
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素朴なかわいい秋の花々と手作りのテーブルセッティングの中で、和やかな雰囲気の茶話会でした。
陸前高田の熊谷さんの心からのお話と悲愴なスライドは、参加の皆さん共々 心に響くものでした。私も盛岡のお友達が、宮古での同級生を沢山亡くされた話など聞いてましたので、復興の為にも文化財を引き継がなければというお言葉にも感銘を受けました。
また震災後すぐに救助の手を差しのべ、貝類を洗ったという山本さん、中村さん方も素晴らしいと思います。
もっと真鶴の多くの人々が、感心を持って下さったら、良いのにと思います。
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お疲れさまでした。当日の午前中のほんの少しのお手伝いで申し訳ありませんでした。秋をテーマにした会場設営は、皆さんきっと喜んで いらしたのではないでしょうか。お饅頭も美味しく頂きました。胸をうたれるお話だったと聞いています。 その場にいて聞けなかったのがとても残念です。
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遠藤貝類博物館で主催された「熊谷さんの講演会」はすばらしい企画でした。
熊谷さんのお話を伺い、三陸の震災被害の惨状を改めて再認識致しました。博物館の復興には何年、何十年もの歳月がかかることを初めて理解することができました。忍耐強く不断の努力を続けおられる方々の行動には頭が下がります。
また、このような講演会を通じて、国立博物館や遠藤貝類博物館のようなその方面の専門家の方々との密接な横の関係が深まることは、きっと将来に向かって明るい夢の実現に役立つことでしょう。
この経験を生かしてこれまで以上のすばらしい「海と貝のミュウジアム」が完成することを願っております。その日に訪れることができればと、楽しみにしております。
私のような老齢者は体力的にも自信がなくボランティアに参加できず、わずかな義援金に協力することが精いっぱいだと思っておりました。
遠藤貝類博物館学芸員のお話を伺い、現地に行かなくても、協力できることがあるのだと教えていただきました。貝殻の手入れぐらいはお役に立てたと思います。これからでも、真鶴に居て、お役に立てることがあれば、お申し付け下さい。
最後に、茶話会を実施して下さった遠藤貝博物館のボランティアの皆様にも合わせて御礼申し上げます。
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今回のイベントは私がサポーターの仲間入りさせていただいてから、スタッフ側として初めての活動でした。前日の打ち合わせから、指示段取りの的確さのお陰、当日準備もスタッフ皆さんのチームワークの良さ、新入りの私の事も仲間の一員として受け入れて戴き、心の暖かさに、ありがたいなぁと、感謝の気持ちに浸りながら、参加させていただきました。
当日、受け付けを担当させていただき、残念ながら、熊谷、真鍋両学芸員さん、とくに真鍋学芸員さんのお話しはほとんど聞くことが出来ず、スライドと、皆さんの背中から、内容を感じ取っていました。
今回、初めて貝類博物館の方々や色々な博物館関係の方々が、支援活動をされている事を知り、素晴らしいなぁ。と、純粋に思いました。気持ちはあっても、行動に移し形に変えて行く事はなかなか難しいですが、行動に移さなければ何も変わって行かないのだと、改めて感じました。
季節のお花で飾られた茶話会は、目的どおり堅苦しくなく、和やかな雰囲気でとてもよかったと思います。フリードリンクという所で、参加者に動きがあり、効果的だったと思います。
受け付け横に準備された様々な参考資料に目を通される方がおらず、私も見たかったのですが、時間がなく、見ることが出来ず、残念でした。
また機会があれば、もう少し時間をかけて、ゆっくりじっくり、今回のようなイベントがあれば、また是非参加、協力させていただきたいと思いました。
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まず、あの場に自分がいられて本当に感謝しています。何にも変えがたい経験ができて本当に良かったです。
震災があったとき、私は大学生でした。震災以降、大学の講義でも震災に触れる先生方は多く、当時コミュニティ心理学を担当してくれていた先生は実際に支援活動へ行った経験や写真を紹介してくれました。しかしながら、やはり実際にその場で被災した方の言葉は言葉の背景に見えてくるものが違いますね。1つ1つの言葉に、生死が懸かっているような、そんな印象を受けました。
震災の日私は小田原にいて、電車が止まって帰れなくなったので友人宅にお邪魔したら、テレビであの津波の映像が流れていました。「地獄だ」と、言ったのを覚えています。
あの映像、今ではテレビで流れることほとんどありません。これを「落ち着き」と呼ぶか「風化」と呼ぶかはわかりませんが、お話をうかがったなかではまだ「落ち着く」段階にはないし、たくさんの方が犠牲になったのに「風化」なんてとんでもない話で。
残ったものをちゃんと残していくのはどうしたらいいのか、どういう形で次にバトンを渡すのか、熊谷さんと、真鍋さんのお話を拝聴しながら考えていました。
というのも、山本学芸員が茶話会でちらっと話された「阪神・淡路大震災」。昔からテレビや話ではよく聞いていたものの、当時4歳だった私にとってはピンとこない部分も多いのです。3.11以前は特に、実感とは程遠いものでした。
「この大震災もそうなるのか?」と考えたら、なんだか変な、気持ちの悪い感じがします。そうならないようにも、まずとりあえず自分は頑張って生きていかないとなぁ、とかなり漠然と思っていたりもしました。
私の母校である神奈川県立西湘高等学校では、来年の修学旅行(今の1年生の修学旅行)が東北に決まったそうです。今まで北海道と沖縄を交互に修学旅行先にしていたため彼ら・彼女らは少し戸惑っているみたいですが、今、彼ら・彼女らが見て感じてきたことが、何かに繋がることを願っています。
話者 感想
●熊谷賢さん
この度は、大変お世話になりました。ありがとうございました。
遠藤貝類博物館関係者のみなさんには標本の安定化処理をはじめ、今もご支援いただいており、機会があればぜひ御礼をしたいと思っておりましたので、今回はその夢が叶いました。
真鶴は初めて訪問させていただきましたが、いい町だなと思いました。海は最高ですね。震災後全く出来ていないのですが、貝の採集をしたいと強く思いました。とても面白そうな場所がたくさんありました。貝類標本の交換などができるといいですね。また、お昼から超豪華な舟盛りをごちそうになりました。これは、世界三大漁場の一つである三陸に対する挑戦かと思いました(笑)。私に魚を食べさせるとはなかなかですねと思いましたが、感想は、純粋においしかったです。やはり、海の幸はいいですね。本当に真鶴の海を見て「遊びたい」と思いました。ゆっくりと滞在し、貝や昆虫などいろんなものを見たいと感じました。
貝博の方々、真鶴の方々の温かいお気持ちをひしひしと感じた茶話会でした。中村さんのイメージされていたことの実現に少しは役に立てたかなぁと思っています。そして、大変お忙しい真鍋先生にご足労をいただきました。真鍋先生には本当に被災直後から現在まで公私ともに支えていただいております。大津波によって、絶望というものはこういうものかと思い知らされたような気になっていましたが、それは、完璧に間違いでした。望みは絶たれていませんでした。私にとって真鍋先生との出会いは「望み」そのものでした。真鍋先生が高田にいらっしゃるととてもうれしくて何日も前からわくわくしますし、お会いするとすごく元気をいただけます。私はこの人がいたから頑張れているんだと思います。こんな素晴らしい方が中村さんや山本さん、サポーターズの皆さんとお友達になれたらすごくいいなと思いました。
先日、息子から「試練っていうのは、乗り越える力がある人にしか神様は与えないんだ。父ちゃんはその力がきっとあるんだ」と言われ、震災当時は小学生だった息子の成長を感じました。きっと博物館の神様が、お前は生き残って博物館を再生させなさいと試練を与えたのだろうと私は思います。でも、そんな力はないので、真鍋先生や中村さん、山本さん、サポーターズの皆さんをはじめとする皆さんに、出会えるようにしてくれたんだと思います。へそ曲がりの私は、津波の来るずっと前から会わせてくれよと思いますけど(笑)。
本当にこの度はとてもすばらしい時間を与えてくださったお二人に感謝いたします。
ありがとうございました。それでは、また。
●真鍋真さん
大変お世話になりました。遠藤貝類博物館に初めて伺わせていただきましたが、とても立派な展示と茶話会のアットホームでステキな雰囲気を体験させていただき、感激いたしました。すばらしいサポーターズクラブをお持ちの遠藤貝類博物館をうらやましく思いました! 博物館の美しい貝たちと真鶴の海、潮の香り、海からの風の音、丸入の舟盛り、とこちゃん饅頭、人々の暖かさなどなど、まさに五感をフル回転して真鶴での午後を楽しませていただきました。
熊谷さん、高田のご縁で、皆さんとお目にかかることが出来、遠藤貝類博物館に伺うことが出来ました。いつか茶話会のメンバーで高田を訪問出来たら良いですね。